会社の課題を書き出すと、3つありました。私しか知らないことが多すぎること。創業の思いや判断の基準は、マニュアルだけでは引き継げないこと。コンサルに頼めば、利益が消えること。
私が倒れたら、会社も終わる。だから、会社は売らないと決めました。私の頭の中を引き継ぐ仕組みを、自分で作ります。
私には、忘れられない悔しさもありました。10年ほど前、福祉の記録を楽にしたくて kintone を入れましたが、紙をデータに置き換えただけでした。
その翌年、システム会社と一緒に、独自のシステムを作ろうとしました。けれど、システム会社の考え方と福祉の現場の考え方がかみ合わず、途中でやめると決めました。手元に残ったのは、開発途中のコードが入った CD-ROM 1枚だけです。
AIと出会って、システム会社に頼らなくても、現場の思いをそのまま形にできるかもしれないと思えました。あのときの借りを、今度は自分の手で返せる。その先には、心が躍るワクワクが待っていました。
2025年12月、n8n と ChatGPT と Gemini を使って、システム開発に挑戦を始めました。最初に作ったのは、届いたメールに返信の案をつけて LINE に知らせる、AIの秘書です。その日々は、12月6日から note「柳原由優希|60歳のAI社長挑戦記」に、開発日記として書きました。今はその note に、AIのニュースとセキュリティを書いています。
同じ年の12月、利用者さんも開発を始めました。使ったのは、Google の無料のアプリづくりの仕組みです。最初に作ったのは、会社で売っていた商品の在庫管理システムでした。
うまくはいきませんでした。つなぎ方が複雑になって崩れ、LINE の通知が止まらなくなった夜もあります。動くものはできても、使える製品にはならない。進んでは戻る3か月が続き、2月の半ばからは、note も止まりました。